東京 海洋散骨堂 極み

日本における葬送の歩みと自然葬の未来を考える

2018.11.1

日本における葬送の歩みと自然葬の未来を考える

日本国内で1年間に亡くなる人の数、約130万人。

その内の99%以上の方が火葬され、第一次葬と呼ばれる通夜、告別式といった葬送儀礼がなされ、四十九日の法要の後に焼骨を先祖代々の墓などに納める第二次葬を済ませ終末を迎える。

30年ほど前から自然葬という言葉が登場し、自然志向の高まりもあり墓に入らないという新しい選択をする人も増えてきました。

自然葬

しかし、その背景には少子高齢化によりお墓の後継者がいないといった深刻な問題も孕んでいます。
更に2025年には、団塊の世代が75歳の後期高齢者になるという超高齢化社会の到来を控えています。

この先、お墓や葬送に纏わる深刻な問題が増加していくことは想像に難しくありません。

そこで、日本における葬送の変遷を振り返ることで、継承者が絶え捨てられたも同然な無縁化したお墓の問題や、自分の死と向き合う終活を考える上で光明を見いだす手掛かりを探るべく葬送の歴史を紐解いていきたいと思います。

今では家族や親族でお墓を持つことは一般的なことですが、実は庶民がお墓を持てるようになったのは徳川幕府が檀家制度を敷いてからなので約400年の歴史しかないのです。
それ以前は火葬技術が発達していなかったので庶民はもれなく土葬でした。
当時、庶民の信仰は神道が多数を占めていたこともあり、人間は死ねば魂が体から離れるが、魂はいつまでも存在し、黄泉の国とこの世を行き来すると考えられていたようです。
当時の人々にとって、魂の抜けた遺体はあまり重要ではなかったようです。火葬を推奨する仏教も伝来していましたが、人体を骨や灰にまで焼き尽くす火力を得るためには燃料を多く使用し費用が高くつくので火葬は一般的ではなかったようです。
火葬して埋葬、散骨することは一部の特権階級しか出来ないものだったようです。

檀家制度が敷かれる以前は、遺体をただ埋めるだけの「埋め墓」を自分たちの住む村から遠く離れた山林などに設け共同で使用していました。現在のように故人の命日や49日のような忌日に参拝することも一部の地域をのぞきなかったようです。
また神道には「穢れ」という概念があり「穢れ」は周囲に禍を起こすと考えられていましたが、火葬されていない遺体は腐りますし、病原菌が発生し疫病が流行る危険がある遺体を住居から遠く離れたところに埋葬することは理にかなったものだと、先人の知恵には感心してしまいます。

埋葬

明治に至るまで火葬を推奨する仏教信者の多い地域や、都市部などの人口の密集した地域以外では、土葬が主流でした。

明治初頭になると首都東京は遠方より上京してきた人で溢れ賑わいをみせました。
上京してきた方が亡くなった場合、遺体をそのまま故郷へ運送する手段を確保することが難しかったこともあり、火葬して焼骨にすれば持ち運びが可能になる等の理由から都市部では火葬が盛んに行われるようになりました。
しかし、政府へ火葬場に隣接する市街地からの臭気や煤煙の苦情が多く寄せられた事や、政府内の神道派の主義主張を取り入れる形で明治6年7月に一般火葬の禁止が布告されました。

火葬が盛んではなかった郊外ではあまり問題はなかったようですが、都市部では埋葬するための墓地の地代が急騰したことから墓地以外の場所への遺体の不法投棄が多発し、混迷を極めます。
人道的にも衛生上も深刻な問題だと受け止めた仏教指導者や、都市計画を進める上で土葬は経済発展の妨げになるとして大蔵省からも火葬禁止令に反対の声が上がります。

事態を重く見た政府は火葬禁止布告を明治8年に廃止します。
それまで土葬が盛んだった地方にも多くの火葬場を作ろうという動きが盛んになり全国的にも火葬は普及し、世界でも類のない火葬率ほぼ100%という現在があるのです。

土葬から火葬への移り変わりを観てきましたが、近年、高齢化に伴い火葬需要の増加から首都圏では火葬場不足が深刻な問題になりつつあります。
東京都には公営の火葬場が江戸川区の瑞江葬儀所と大田区にある臨海斎場の2か所にしかありません。

瑞江葬儀所は式場のない火葬場のみの施設ですが20基の火葬炉を有し東京都民なら約7万円の費用で火葬を行ってくれます。
2004年に新設された臨海斎場は10基の火葬炉と斎場を併設した23区内では初めての施設で、住宅地を避けた立地にあります。

臨海斎場では近隣5区以外に住む都民でも火葬中に利用する控室の使用料も含み約13万円で火葬が行えるようです。

火葬需要は増加していきますが、火葬場や斎場を新設するには土地の確保や近隣住人の感情や反対運動などもある為、東京都内で新設されるのは難しいでしょう。
火葬場には公営、民営があり、全国的には民間の火葬場を自治体が統廃合し公営の火葬場を整備するといった流れがあったのですが、東京では少々事情が異なり、現在も7か所の民営斎場があり、東京博善が6か所を運営しています。

そこで東京における火葬の普及を語る上で外せない東京博善について触れてみたいと思います。
東京博善は樋口一葉の「たけくらべ」に日暮里の火葬場を経営する人物として登場する「木村荘平」が設立した会社です。
木村荘平氏は東京博善以外にも現在のエビスビールや、当時最大の牛鍋屋「いろは」などを起業して成功した人物として知られています。

荘平氏が亡くなった後も東京博善は都内の民営火葬場を吸収合併し、近隣住人に配慮した無煙化や無臭化などの近代化を進め、東京の火葬施設を一手に整備したといっても過言ではありません。
一般的には公営より費用が嵩む民営の火葬場でも、東京博善の運営する町田斎場では火葬と休憩室の使用料込みで約7万円と都営の瑞江葬儀所と変わらぬ価格で提供されているサービスもあるので、ご自分に合った斎場を探してみてください。

次の項では、いま抱えている様々な問題を深く掘り下げ、葬送の未来を考えていきたいと思います。

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